東京地方裁判所 昭和23年(ワ)1585号 判決
原告 加藤清二郎
被告 茂木復寿
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、東京都新宿区神楽町一丁目十番地の一宅地二十三坪五合二勺(以下(イ)の土地という)及び同所十一番地の六宅地一坪一合三勺(別紙図面のとおり、以下(ロ)の土地という)合計二十四坪六合五勺を、その上にある木造トタン葺平家一棟建坪約十五坪(間口約二間、奥行約七間半)を収去して明け渡すべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、また被告の主張に対して、次のとおり述べた。
原告はもと、本件(イ)及び(ロ)の土地にあつた赤堀亀太郎所有の木造一階建家屋一棟を、赤堀から賃借して、食堂を経営していたが、右家屋は今次の戦災によつて焼失した。
本件(イ)の土地は、もと株式会社日本勧業銀行の所有に属し、昭和二十年十二月十七日被告が同銀行から買い受けて、同月二十一日所有権移転登記を経た百六坪八合五勺の土地の一部であり、(ロ)の土地は飯田東吉の所有に属する土地であつて、右両地ともに赤堀が建物所有のために右株式会社日本勧業銀行及び飯田東吉から賃借していたのであつた。
そこで前記赤堀の家屋の賃借権者であつた原告は、赤堀に対し、罹災都市借地借家臨時処理法の規定にもとずき、本件土地の賃借権譲渡の申出をして、昭和二十二年三月七日本件(イ)及び(ロ)の土地の賃借権を譲り受けた。
ところが昭和二十三年五月上旬になつて、被告が本件(イ)及び(ロ)の両地に、木造トタン葺平家建間口約二間奥行約七間半建坪約十五坪の家屋一棟を建てて住んでいることが、原告にわかつた。
原告は本件(イ)、(ロ)の土地の賃借権者であるから、(イ)の土地の所有権者たる被告は、原告にこれを使用さすべき義務があり、また(ロ)の土地については、被告は無権原でこれを占有しているわけである。よつて原告は賃借権にもとずいて、被告に対し、右家屋を収去して本件(イ)、(ロ)の土地を明け渡すべきことを求める。
被告がその主張の頃、本件家屋の基礎工事を完了し、また井戸堀工事を終えたことは否認する。被告が赤堀に対し本件土地の賃借権譲渡の申出をしたかどうかは知らない。
かように述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。
原告がもと本件土地にあつた原告主張のような赤堀亀太郎所有の家屋を赤堀から賃借していたが、それが今次の戦災により焼失したこと、被告が原告主張の日に、本件(イ)の土地を含む百六坪八合五勺の土地を所有者株式会社日本勧業銀行から買い受けて所有権を取得し、所有権移転登記を経たこと、本件(ロ)の土地は飯田東吉の所有に属すること、赤堀が右(イ)、(ロ)の土地につき建物所有のための賃借権をもつていたこと、被告が(イ)、(ロ)の土地を敷地として原告主張のような家屋を建てて住んでおり、したがつて(イ)、(ロ)の両土地を現に占有していることは認める。その余の原告主張の事実は知らない。
被告は本件土地に家屋を建てたいと考えて、すでに本件土地買受交渉中の昭和二十年十一月六日建築許可を受け、前記百六坪八合五勺の土地を買い受けたのち、昭和二十一年六月三日に家屋建築に関する請負契約を締結し、同月二十三日に基礎工事を完了し、また同月二十六日には井戸堀工事を終えた。即ち、被告は昭和二十一年七月一日前からひきつづき、(イ)の土地の所有権者として、罹災建物の敷地を建物所有の目的で現に使用していたのであるから、昭和二十一年十二月二十日本件土地の賃借権者たる赤堀に対し、罹災都市借地借家臨時処理法第二十九条第三項、第三十二条第一項、第三条の規定によつて、賃借権譲渡の申出をした。この申出については、賃借権の譲渡代金額の点で被告と赤堀との間に折合いがつかなかつたが、当時赤堀には被告の申出を拒絶すべき正当事由がなかつたのであるから、被告の申出後三週間の期間満了の時に、赤堀は被告の申出を承諾したものとみなされ、被告は赤堀から(イ)の土地の賃借権を譲り受けることができた。されば原告がその後になつて、赤堀から(イ)の土地の賃借権を譲り受けることはできず、原告が本件土地の賃借権を有することを前提とする本訴請求は理由がない。
かように述べた。<立証省略>
三、理 由
本件(イ)の土地が、もと株式会社日本勧業銀行の所有に属し、昭和二十年十二月十七日被告が買い受けて所有権を取得し、同月二十一日所有権移転登記を経た百六坪八合五勺の土地の一部であり、(ロ)の土地は飯田東吉の所有に属する土地であること、右両地について、もと赤堀亀太郎が建物所有のための賃借権をもつていて、そこに原告主張のような家屋を所有していたこと、原告が赤堀から右家屋を賃借していたが、同家屋は今次の戦災によつて焼失したことは、当事者間に争いがない(赤堀の(イ)の土地の賃借権は、戦時罹災土地物件令第三条、第六条により、なお新所有権者たる被告に対抗できた)。
乙第三ないし第六号証、乙第八号証(乙第四号証は証人川畔良教の証言によつて真正にできたことが認められ、他の乙号各証は真正にできたことに争いがない)と証人川畔良教、楠木計夫、山田竜吉、茂木滋規、永井栄泉、会田静枝、酒井静、高橋慶太郎、通山定の各証言、被告本人の供述とを合せ考えると、次のとおり認めることができる。
被告は前に本件土地の近くに住んでいたが、その住居が戦災で焼けたので、適当な土地をえらんで喫茶店を経営しようと考え、本件(イ)の土地を含む百六坪八合五勺の土地について株式会社日本勧業銀行と売買の交渉中、すでに昭和二十年十一月五日本件土地に店舗兼住宅用家屋一棟の建築許可を申請して、同月六日その許可を受けた。そして右百六坪八合五勺の土地を買い受けたのち、昭和二十一年五月中本件土地の整地に着手して、同年六月三日川畔良教と木造瓦葺平家建家屋一棟建坪十五坪二合五勺の建築工事請負契約を結び、川畔は右請負契約にもとずいて、同年六月中に本件土地の地鎮祭を行い、本件土地の一部に大谷石を敷並べて基礎工事を施し、また被告が喫茶店を経営するのに必要な井戸を堀つて、土管二本をその内部に埋め、残つた土管一、二本を附近に置きすてておいた。その後被告の建築資金が続かず、工事は右の程度で一時停滞し、そのままの状態で放置してあつたが、被告は資金の調達につとめるとともに、昭和二十一年十二月頃知り合いの通山定に建築工事の続行を頼んでおいたので、通山は現場を見たうえで、昭和二十二年三、四月頃材木の切込をすませた。そして被告が他の持家を売つてようやく資金を調達することができたので、通山は昭和二十二年十二月中に建築工事を続行しはじめ、昭和二十三年一月中原告主張のような建坪約十五坪の本件家屋を完成して、被告に引渡した。本件家屋は飯田東吉所有の(ロ)の土地にまたがつて建てられたのであるが、被告ははじめそのことを知らず、本件訴訟が出てはじめてこれを知つた。かように認めることができる。証人安達幸衛(第一、二回)、河野通、赤堀亀太郎、北田熊司、高橋慶太郎の証言中右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
右認定の事実によると、資金の都合上建築工事が一時停滞したことはあつても、被告は、本件土地中(イ)の部分の所有者として、昭和二十一年七月一日前に建物所有の目的で本件土地の使用をはじめ、その後罹災都市借地借家臨時処理法施行の際まで、ひきつづき本件土地を建物所有の目的で現に使用していた者といえる。したがつて被告は、本件土地中(イ)の部分については、戦時罹災土地物件令第四条第四項、罹災都市借地借家臨時処理法第二十九条第三項、第一項、第三十二条第一項、第三条の規定により、本件土地の賃借権者たる赤堀亀太郎に対し賃借権譲渡の申出をすることができたわけである。
そして乙第八号証、乙第九号証の一、二(真正にできたことに争いがない)と証人安達幸衛(第一、二回)、赤堀亀太郎、楠木計夫の各証言、被告本人の供述とを合せ考えると、次のように認めることができる。
被告は昭和二十一年十二月中に、楠木計夫弁護士を代理人として、赤堀亀太郎の代理人たる安達幸衛弁護士に対し、前認定の事実にもとずき、本件土地の賃借権譲渡の申出をした。しかし赤堀は、被告の申し出た譲渡代金額が安すぎることを主たる理由として、被告の申出に対し容易に承諾を与えなかつた。
かように認めることができる。しかし単に譲渡代金額について被告が希望に応じなかつたということだけで、赤堀が被告の(イ)の土地についての賃借権譲渡の申出を拒絶する正当事由とならないことはいうまでもなく、他に赤堀が被告の右申出を拒絶できる正当な事由があつたことを認めるに足る証拠はない。
したがつて、本件土地中(イ)の部分についてなされた被告の賃借権譲渡の申出に対する赤堀の拒絶は、その正当事由を欠き無効であつて、被告の申出後三週間の期間満了とともに、赤堀はこれを承諾したものとみなされ、(イ)の土地の賃借権は、相当対価で被告に譲渡されたわけである。赤堀は(ロ)の部分についてのみなお賃借権をもつていたにすぎないのである。
他方甲第二号証、甲第三号証の一、二(いずれも証人赤堀亀太郎の証言によつて真正にできたことを認めることができる)と証人安達幸衛(第一、二回)、赤堀亀太郎の証言とを合せ考えると、その後原告もまた、さきの戦災家屋の賃借人として、罹災都市借地借家臨時処理法第三条の規定にもとずき、赤堀に対し本件土地の賃借権譲渡の申出をし、赤堀はこれを承諾して、昭和二十二年三月七日両者の間に本件土地賃借権の譲渡契約ができたことを認めることができる。しかし本件土地中(イ)の部分の賃借権はすでに被告に譲渡された後であつたから、原告はなお赤堀がもつていた(ロ)の部分の賃借権を得たにすぎなかつたのである。
被告が本件(イ)、(ロ)の両地にかけて本件家屋を所有し、現に右両地を占有していることは、当事者間に争いがない。そして被告は、(イ)の部分については所有権にもとずいて適法に占有しているのであるが、(ロ)の部分については権原なくして占有していることは、さきに認定した事実から明らかである。したがつて(イ)の部分の明渡を求める原告の請求は理由がないが、原告が赤堀から譲り受けた賃借権にもとずいて、被告に(ロ)の部分の明渡を求めている点については、その当否を十分検討しなければならない。
本件(ロ)の土地に接続している飯田東吉の所有地について、原告が賃借権その他これを使用できる権原をもつていないことは、検証の結果と弁論の全趣旨上明らかである。しかも(ロ)の土地は、間口約一尺二寸、奥行約五間余の狭隘な帯状の土地である。原告にとつては、それ自体独立しての利用価値がほとんどない土地といわなければならない。これに反し、被告が(ロ)の部分を明け渡すためには、本件家屋中(ロ)の土地に侵入している巾一尺余、長さ五間余の部分を帯状にとりこわさなければならない。その部分をとりこわすことは、家屋の構造上はなはだ困難であるばかりでなく、更にその後の模様替等をしなければならないのであり、そのためにかなり多額の費用が要ることは明らかである。原告が本件(ロ)の土地を使用できない場合の損害に比べて、被告が(ロ)の部分を明け渡すことによつて蒙る経済上の損失は、はるかに大きいのである。かような事情のもとに、原告が(ロ)の部分について賃借権をもつていることを理由として、被告にその明渡を求めることは、権利行使の正当な範囲をこえて、権利を濫用することになる、といわなければならない。権利の濫用は許されない(民法第一条第三項)。原告は(ロ)の部分についても、賃借権にもとずいて被告にその明渡を求めることができないのである(かようにいつても、被告が無償で(ロ)の部分を使つていていいわけでないことは、いうまでもない)。
原告の請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義広 入山実 石沢健)
図<省略>